海岸林担当 鈴木です。
タイ旅行記第3回目です。どうぞお付き合いください。

マングローブ植林の前に行ったオリエンテーションにて、「マングローブ植林活動ハンドブック」というものをいただきました。
これはオイスカタイが制作し、参加グループの過去の活動実績やその後の写真などが掲載されています。

マングローブ植林当日はゆっくり読んでいる時間がなかったため、日本に帰りゆっくりじっくり読みました。
その中で思わず涙したページがありました。

(掲載文そのまま紹介します)
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ラノーンへ植林に来てくれた日本の方々を受け入れてきた村人グループがあります。
小さな貧しい村で、日々の仕事は漁や日干し魚作り。
月の半分くらいの植林作業の可能な日は、みんなで朝から夕方まで、大変な作業を続けてくれている人々です。

彼らの収入は月にせいぜい4000~5000バーツ(約12,500円~15,500円)ほど。
それでも心豊かに家族と暮らしています。
日本人が植林に来てくれれば明るい笑顔で迎えてくれ、時には貧しいながらも精一杯のおもてなしでホームステイにも受け入れてくれます。

彼らが2011年1月から、グループで考えて貯金を始めました。
植林グループ貯金です!

植林と植林地の管理作業はこの当時、一日でおよそ200バーツほどの稼ぎです。
30度以上の気温、時にはスコール、蚊などの虫、刃物を使った危険な作業、全て手作業の体力勝負。
200バーツも、簡単に稼げるものではありません。
そのうちの10バーツを毎日コツコツとためていきます。

そして地震が起こった日までに、一人ひとりにおよそ400バーツもの貯金がたまりました。
彼らにとっては大きな金額です。

「貯金を全部、日本のみんなへあげてください」

村人グループの全員が、貯金を残らず寄付してくれました。
それまで貯めてきたお金は、すっかりなくなってしまいました。それどころか・・・

「あんなわずかな金額では、日本のみんなに恥ずかしい。でも私たちにはこれしかない。」
彼らは恥ずかしげにそう言ったそうです。

せっかくの貯金が全てなくなってしまうことも
「またゼロからスタートすればいい。大丈夫」と。
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植林グループのリーダーの一人 バンバオさん(手前)

植林グループのリーダーの一人 バンバオさん(手前)

植林グループのメンバーの顔が浮かんできます。
その場で直接お礼が伝えられなかったことを後悔しています。

17年にわたり、ラノーンで単なる森の再生ではなく、コミュニティフォレストを再生するために活動を続け、住民との心の交流が生まれていたからこそ、大事な大事な貯金を義援金として寄附することにつながったのだと思います。

直接お礼が言えなかったことのお詫びとお礼を手紙に託し、一緒に撮った写真とともに送ろうと思います。

植栽地は、かつてエビの養殖場だった場所でした。お礼を言わずお別れしてしまった事が心残りです

植栽地は、かつてエビの養殖場だった場所でした。お礼を言わず村人とお別れしてしまった事が心残りです

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