岩手県野田村・普代村にて

2018年2月1日( カテゴリー: 海岸林あれこれ )

1月19日~22日、青森北部視察がメインでしたが、
他県の復旧状況は、見れるときに見なければならないなので、
八戸を起点に、岩手最北部の野田村・普代村・田野畑村にも行きました。

震災以来2度目。前に来たときは、「あまちゃん鉄道」の車窓から見ただけで
歩きはしませんでしたし、海岸防災林の復旧面積はさらに小さいですが、
やはり、さまざまな工事が続いていました。

野田村前浜。名取よりはるかに高い防潮堤の後ろに去年10月植えられました

野田村前浜。名取よりはるかに高い防潮堤の後ろに去年10月植えられました

野田村明戸。植栽6年目の試験地。マツの間にカシワ・サクラ・コナラを海に向かって列状に配置

野田村明戸。植栽6年目の試験地。マツの間にカシワ・サクラ・コナラを海に向かって列状に配置

野田村はリアス式海岸ではなく、海から緩やかに耕地が内陸に続き、
当然ヤマセに毎年晒される土地柄です。植樹祭が行われたようですし、
津々浦々でも小さな海岸防災林が造成されていました。

普代村は、NHKスペシャルなどで紹介された計画的な町づくりと、
奇跡と称される「普代水門」の甲斐あって、被害を食い止めた場所として知られています。
明治の津波では死者行方不明者1,010人、昭和の津波では138人。
東日本大震災による津波では死者ゼロ、行方不明者1名。
集落は奥の高所に移転する街づくりが震災前に行われていた。

普代水門。1984年完成。高さ15.5m。水門右端上部に青い表示で震災の津波高23.6mと記載。間一髪、右の県道の扉を手動で閉めた

普代水門。1984年完成。高さ15.5m。水門右端上部に青い表示で震災の津波高23.6mと記載。間一髪、右の県道の扉を手動で閉めた

水門内陸側にわずかながら植栽されていた

水門内陸側にわずかながら植栽されていた

 

 

 

 

 

 

 

 

消防団員の方が、手動で門を閉じたという有名な場所に立ち、背筋が凍る思いがしました。
水門裏には津波の勢いを弱めて犠牲となった防潮林の残存木が残っていましたが、
ここもいつか、正式に防災林造成されるのだと思います。

田野畑村では、ちょっと観光を。
有名な「北山崎」の絶景と南部アカマツを。
これは明日のブログで。

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