津波から8年半。

この間、多くの法人支援者のご担当にお世話になり、強い刺激を受けることは多々ありました。その中でも、忘れ得ぬ指折りの一人、元住友化学労働組合書記長の山崎龍太さんと5年ぶりに再会しました。山崎さんは兼務と専従を経て10数年組合に関わったのち、会社に戻って即、サウジアラビアの国家プロジェクトに単身赴任で5年。「現地で不可欠な存在」(元組合委員長)になっていると聞いて、大活躍を嬉しく思っていました。2017年 サウジの山崎さんより

同組合は会社とともに昔からオイスカの法人会員。記録をさかのぼると、津波以降、初めて会ったのは2012年10月24日。東京での海岸林活動報告会に同僚の佐々木誠さん(2代目ご担当)と出席くださっていました。たしか、その直後「組合幹部でぜひ現場視察したい」と連絡をいただき、「手を借りたいたいこともある」と応じ、11月13日名取市高舘熊野堂の森林組合員所有の山で、広葉樹のどんぐり拾いをお願いしました。その時のブログがコチラ。視察後彼らは即名取で会議。そうやってこのプロジェクト支援検討が始まったと聞いています。それ以来、会社と「労使協働」の展開も始め、何度現場に来てくださったことか・・・ご担当は彼以来、5人目。担当が替わっても魂が変わらないという点で同組合は明らかにトップ。積極果敢な担当交代を歓迎しています。いま、多くの労働組合のご賛同をいただいていますが、じつは、その流れの源流となったのも住友化学労働組合だったのです。組合とは我々にとって何か?労使協働とは?と考えるきっかけを下さりました。

2012年に住友化学労組の皆さんが拾ってくれて、2014年に植えたコナラ。ここまで育てば、もう大丈夫でしょう。

2012年に住友化学労組の皆さんが拾ってくれて、2014年に植えたコナラ。ここまで育てば、もう大丈夫でしょう。

オイスカ初参加の2014年大阪マラソンでは、大阪の道は右も左もわからない我々を何から何までサポート下さりました

オイスカ初参加の2014年大阪マラソンでは、大阪の道は右も左もわからない我々を何から何までサポート下さりました

ボランティア1万人来てくれましたが、ここで人文字を書いたのは後にも先にもないのでは?(2015年)

ボランティア1万人来てくれましたが、ここで人文字を書いたのは後にも先にもないのでは?(2015年)

ブログにも数々登場あり。

「わたしがボランティアに参加した理由 ~きのこへの熱い思い~」(2016年の参加者Oさんより)

「ユスリカ」(2014年の参加者田中さんより)

「心強い支援者 住友化学労働組合」(2014年のブログ)

100人に聞きました 「この2年の成果・社会的意義とは」⑥ (2013年のブログ)

「せんべろ」の街、東京の中野で再会。林久美子広報室長と下見済み。混雑の中で見つけられるかな?と思った直後、見つけてもらいビックリ。やっぱりバリバリ。元気そう。歴代担当者の武勇伝の報告含め、尽きない想い出話ができました。「せんべろ」で済むわけはありません。財布は空っぽ。

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