小杉辰雄 OISCA ミャンマー国駐在代表/バングラデシュ国後方支援担当

1976年9月~1978年12月:パキスタン国立銀行プロジェクト、他 指導員として
1980年3月~1997年12月:マレーシアKPD/オイスカ研修センター指導員・所長として
1997年12月~2012年2月:オイスカ中部研修センター所長&顧問として
2012年2月~2017年1月:バングラデシュ国駐在代表として
2017年10月~現在迄:ミャンマー国駐在副&代表として

中列右から4人目が小杉代表。中列左の女性職員5名は大阪マラソンTシャツを着てくれました。撮影:2020年2月8日(コロナが始まっていました)

中列右から4人目が小杉代表。中列左の女性職員5名は大阪マラソンTシャツを着てくれました。撮影:2020年2月8日(コロナが始まっていました)

ため池の補修予定地。DryZoneと国連が言う乾燥地帯。住んでいる誰もが水に困っている広大な土地が広がっています。撮影:2020年2月7日

ため池の補修予定地。DryZoneと国連が言う乾燥地帯。住んでいる誰もが水に困っている広大な土地が広がっています。撮影:2020年2月7日

7月2~4日と海岸林再生現場を訪問しました。
植林現場では、初日の半日、再生の会の人達との新喰い虫対策ということで、被害にあった松の新芽のカット作業をさせて貰いました。樹齢の若い樹、広範囲に食害が出て先端松葉が赤変し、中に9mm程度の幼虫が食害していました。6~7月に幼齢木に多く被害がみられるとのこと、今年が初めての被害の様でした。

着いて早々(笑)、再生の会の皆さんと、マツツマアカシンクイの摘出作業。撮影:2020年7月2日

着いて早々(笑)、再生の会の皆さんと、マツツマアカシンクイの摘出作業。撮影:2020年7月2日

来年で被災から10年を迎える被害現場にも案内して貰いました。被災され壊され残されたものものからもその当時の状況が想像されるわけですが、何も残っていない多くの荒れ果て見放されている場所も何とも言えない状況を伝え、何とかならないものかと思った次第でした。震災遺構・荒浜小学校、復興伝承館など、当時の人々が暮らす生活が津波により壊滅的な被害を受け、多数の方々が犠牲となった様子を残し伝承を伝える施設や復興への経済活動に向けた新たな動きも始められている商業施設見学しました。一面、過去の様には戻れない大きな傷跡も地元の人達には残しているのだろうと推測した次第です。

仙台市若林区荒浜にて

仙台市若林区荒浜にて

 

名取市北釜海岸の防潮堤

名取市北釜海岸の防潮堤

最終日、小雨の中、海岸近くの駐車場、ボランティアの人達とのごみ拾い、海岸林を守る為の必要な仕事に、このようなものもあるのかと再認識した次第でした。試験的に植えていると言われていた広葉樹への施肥や水はけの悪い土壌地での排水の為の溝掘りも行ったわけですが、植林され成長したクロマツは、見たところの活着率99.9%と良く根付き、土壌の違いによる成長の違いは多少あるにせよ、全体に良く管理をされているなと感じると共に、専従職員・専門家の力と多くのボランティアの力が生かされて現場プロジェクトの成功となっているのではと感じた次第です。

左が小杉代表。若い方たちに施肥を指導

左が小杉代表。若い方たちに施肥を指導

今迄の植林との関わりから
80年代、いわゆる南洋材と言われるフタバガキ科原木の80%がマレーシア、特にボルネオ島のサバ州から、商業林として日本をはじめ各国へ輸出されていた。多くはオイスカ・サバ農林業研修センターがあった内陸のケニンガウの地を通過、そのお陰で地域・州は材木ブームで財政も潤っていた。熱帯林消失問題も議論され始めていたが、これと言って産業のなかった州の発展と各国の需要により伐採搬出が行われ、ロギングトラックと呼ばれる大型トラックが、熱帯雨林を網の目のように削られた起伏の激しい山路を命がけで原木を担ぎ出し、南シナ海に面した砂浜の港に運んで州財政を潤していた。そのような材木景気の中で、オイスカの植林事業「苗木1本の国際協力」の活動は、毎年、遠い日本から参加の多くのボランティアさん達が、地方の村や町の人達の目に付くところや目には触れない山の中で、現地の人達と共に汗を流し植林活動を行うことで、その活動の必要性や重要性が参加した。あらゆる階層の人達は勿論、新聞・テレビ等のメディアで広報され広く知れ渡るようになり、後に、「「子供の森」計画にも繋がった。その背景は違うにしても、海岸林再生プロジェクトも同様、いろいろな意味でのボランティア的な力に依るところでの発展が大きいのではと感じた次第です。
また、バングラデシュでのマングローブ植林、1991年のサイクロンで13万8千人の人がなくなり、翌年より始まったオイスカ植林は現在迄2,000Ha余りとなったが、その森の傍らには、人々の田畑や村・町での生活があり、それを守るという共通した事業目的は、国内・国外の垣根を超え、共にその事業が発展することを望むばかりでした。

左:小杉代表、右:荏原代表

左:小杉代表、右:荏原代表。お二人が名取で再会し、積もり積もった話を少しでもしてくださったこと、担当者冥利に尽きます

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