吉田です。掲載が遅れてしまったのですが・・・・

10月上旬、英二先生の旧宅にユンボが置かれていたので、まもなく解体が始まると思っていました。10月15日の昼前、巡視に出てみると作業が始まっていました。午後、お目にかかったのですが、次に向かって気持ちを切り替えられた様子でした。週明けにはすでに足場櫓も取り外され解体は終了し、基礎部分だけが残っています。

空港東にすでに整備され、いつも親子連れで賑わっている「北釜防災公園」に、集落の名前が残りました。これはとても良かったと思ってます。この冬、震災のメモリアルボードや慰霊碑などの小路も整備されると聞いています。集落の跡地は、一部が海岸防災林になりましたが、鉄道会社系列の建設会社の研修センター(建設中)や、ホテルなどの計画もあるようです。

河北新報 2021年10月16日「あれから10年半、津波で全壊の自宅を解体「震災伝承の役目終えた」」

河北新報 2021年3月14日「「あの日から」第10部 軌跡(12)名取・鈴木英二さん 被災家屋で津波伝える」

初めて見た北釜集落。2011年4月21日、救援物資ヘリより吉田撮影

初めて見た北釜集落。2011年4月21日、救援物資ヘリより吉田撮影

海岸林ボランティア・視察で、のべ15,000人がこの民間震災遺構を見たと思います。撮影:2021年10月30日

海岸林ボランティア・視察で、のべ15,000人がこの民間震災遺構を見たと思います。撮影:2011年10月30日

震災から10年を前に、新聞記者さんが取材。2021年2月13日

震災から10年を前に、新聞記者さんが取材。2021年2月13日

2021年2月13日

2021年2月13日

解体の日の午前中は、多くのマスコミ関係者が取材に来られたようです。2021年10月15日

解体の日の午前中は、多くのマスコミ関係者が取材に来られたようです。2021年10月15日

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