地震その後

2016年11月27日( カテゴリー: 現場レポート )

11月22日、6時の地震で、7時には津波が来始めた。
私は東京の自宅。朝、オイスカミャンマー農林業研修センター開設20周年式典に
参加して現地に行っている、名取市海岸林再生の会会長のご子息で、三英駐車場専務と
連絡を取り合い、いざという時はライトメールで連絡を取り合うことを確認。
海に最も近い会社だ。
引率で現地に行っている林広報室長などにメールで第1報を送信。
以降はNHKの報道などを注視した。

8時には注意報が津波警報に変わった。
専務からはこれから社員を避難させるという情報を確認。

JR中央線で外回り先に直行する車内、携帯で状況を確認していると、
10時前には警報が解除され、安心した。車内で携帯を見ている人の画面は、多くがゲーム。
空港も再開に向けて動き出し、コチラにも状況が見えた。
必死の対応となっているだろう。ANAやIBEX社員の顔が浮かんだ。

津波の痕跡。仙台市若林区荒浜にて

津波の痕跡。仙台市若林区荒浜にて


夕方落ち着いた頃に、各方面に状況を聞いてみた。
「空港は避難する人で相当ピリピリした。会社は昼から通常業務に戻った」と鈴木専務。
「心配してくれてありがとう。また連絡します」とパシフィックの鈴木社長からメール。
「漁港に浸水被害はない」と市役所。閖上の3haのクロマツも大丈夫だろう。
「海岸林の被害はない。目下、山崩れ等がないか調査中」と県庁。

「逃げなかったんだ。あのぐらいじゃ来ないから。庭の工事を業者とやっていた」と言う人も。
警報は相当なっていたが、各自いつでも避難できる体制を取りつつ、敢えて逃げなかった人は多い。
経験からいい意味で学習している。再生の会事務局も昼から通常勤務。

翌日現地入りした。
報道などでは、避難などの不備は報じられていない。
「学習効果がある」というコメントが目立った。

私たちも来年度は、リピーター研修として「避難訓練」をやりたいと思っている。
当プロジェクトは端から端まで距離がある。仕事している場所によって逃げる場所が違う。
新しい建物も建つし、工事で道も変わる。大型バスと自家用車では入れる道も違う。
その他、実戦型救急講習や、宮城県南部の海岸林造成地視察研修も。

24日朝も地震で起きた。

2019年7月
« 6月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  
月別アーカイブ

ページトップへ