枯れてしまう現実

2013年5月14日( カテゴリー: 本部発 )

震災前なら、とっくに日焼けしていた時期なのに、
連休は犬の散歩に毛が生えた程度しか外出もせず、
ほとんどを家で過ごしてしまいました。
ブーイング浴びながら、松井秀喜のMBA全ホームラン175本のTVに没頭したり。
原人・裸族のような息子×2・娘×1の「獣電戦隊キョーリュージャー」の銃乱射にも
夜だけは完全無反応を決め込んで、読みたい本を一気によみました。
同じ本を立て続けに2度。

またいつか、きっと読むと思います

またいつか、きっと読むと思います

その本は、プロジェクトをご支援をいただいている企業経営者の方から 「是非読んでみて」「僕は涙が止まらなかった」と紹介いただいた、 出光興産㈱の創業者、出光佐三氏の実話「海賊と呼ばれた男」(講談社)。 目下、どこの本屋でも村上春樹さんの本と並んで「平積み」扱いですし、すでにご存知の方も多いかと思います。

ほぼ全て、今まで知らなかった昭和史でした。
「(戦争からの復興について)その道は死に勝る苦しみと覚悟せよ」
終戦直後、社員に向けて訓示したという序章の一行で着火しました。

 

 

ただ、心は仕事からoffへの切り替えが効かず、一つ、二つ気になることを抱えたまま。
私が気になっていた一つは、やはり床替後の苗木。
よっぽど、名取に行こうかと思ったぐらいに。
しかし、じたばたしても仕方ないし、電話すれば現場の休みにならないし。

床替直後、そして将来の植栽直後は、乾燥・寒風・強風に晒されるストレス。
現場統括の佐々木さんとは「どのぐらい枯れるモノだろうか」と床替のあとに話し、
1~2割の枯死は覚悟しつつ「やることはやったのだ」と思い、先月帰京しました。

連休明け、事務処理に追われるスーパーハウス(名取事務所)の3人を思いながら、
1日だけ間をおいて電話してみました。

Mさんの電話の最初の一声だけで覚悟した通りの現実を感じました。
僕ら育苗農家1年生ですね。心の中ではみんな泣いてます。

1980年。オイスカ・東北タイでの最初の植栽1年後の話もいつか紹介します。
「鳥も来ない荒野にてお坊さんが涙を流した」という名前の村にて、活着率10%というのが、                     オイスカの初めての植林だったそうです。今は成林した森があり、一等米の産地に。

枯死の現実は、来週末以降、状況をよく見て、正確に聞いてからレポートします。
課題に向き合い、それを知っていただくのも、このプロジェクトの意義と考えています。
ここは生半可な現場じゃないのです。

皆さんと同様、つかの間の休みは終わりました。
また、これからもずっと、膨大な仕事とがっぷり四つです。
ですが、良い本との出会いで知り得た昭和史の一面と、戦後を乗り越え、
より良い日本を築こうとした人達の生き様を、胸にしまいました。

僕らのこの程度が何だ。

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