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スタッフブログ

 

広報室倉本です。

7月から、「ミャンマー緊急・支援募金」を実施し、たくさんのご支援・ご協力をいただいています。

募金開始にあたり、7/15にオンラインで「ミャンマー農村の現状報告会」を実施しましたが、来週9/21には、現在のミャンマーの状況や、これまでのオイスカのミャンマーでの取り組みを振り返り、今後の同国での活動について、その方針と展望をお伝えします。

報告会は、これまでのWEB報告会と同じZoomのURL(下記URL)からご参加いただけますので、ぜひご視聴ください。

 

 

(WEB報告会 第9回)

日 時:9月21日(火)12001300 ※お昼の時間に実施します

テーマ:「オイスカミャンマーのこれから」

報告者:オイスカ本部ミャンマー担当スタッフ ほか

【視聴方法】
Zoomのウェビナーを使って配信を行います。
下記サイトよりログインしてください(事前申し込みは不要です)

https://zoom.us/j/95869117649
(ウェビナーID:958 6911 7649)

※YouTubeでもライブ配信を行います

ミャンマーの思い出

2021年9月17日 ( カテゴリー: 本部スタッフのブログ )

海外事業部の森田です。

1996年、国際協力ボランティアとして隣のバングラデシュに長期滞在していた頃にミャンマーでのプロジェクト開始のニュースを耳にしました。ブルーな思い出が多いバングラで、明るいイメージを持ったことを覚えています。

2004年当時のイェサジョセンター近くの村の様子(今もそんなに変わりません…)

2004年当時のイェサジョセンター近くの村の様子(今もそんなに変わりません…)

その後、本部勤務となり東京でミャンマーセンター(イェサジョ)の建設現場から渡邉忠さん(現オイスカインターナショナル副総裁)が毎日のように様子を伝えるFAXを心待ちにし、届いたら真っ先に読んでいました。そのくらい毎日の様子がエキサイティングに伝わってきたことを鮮明に覚えています(今年6月終わり頃のこのブログに紹介されています)。次々と現地に送られる日本のベテラン大工さんや専門家の任期中のお世話をしながら時がたち、やがてセンターは完成し、それでも現場に行く機会はしばらくありませんでした。

2004年、環境再生保全機構・地球環境基金の講座として企画された海外研修の引率でようやくその時が巡ってきて初めて現地を訪問し、話に聞かされ続けたイラワジ川を渡る船や牛車、ヤシ砂糖の生産現場などを目の当たりにしておなかいっぱいだったこともよい思い出です。2019年には15年ぶりに現場を訪問しチャウマジの第2センターも視察することができました。イラワジ川を渡る立派な橋ができ、驚くほどスムーズにイェサジョのセンターに到達できました。

チャウマジセンターの広大な敷地に沈む夕日

チャウマジセンターの広大な敷地に沈む夕日

大変困難な時期を迎えているミャンマーですが、素朴で皆が大好きになる雰囲気が失われないことを望むばかりです。皆様からの温かいお気持ちをいただきながらこれからも可能な支援を行っていきます。

オイスカ内モンゴル阿拉善沙漠生態研究研修センター所長の富樫です

沙蒿

沙蒿(さこう)

日アフガニスタンからの国外脱出で混乱している映像が目に入った。そこには木々もなく混乱した街並みがあった。今、世界中で温暖化や干ばつにより砂漠化が広がっている。日本へ戻ると緑の美しい日本であっても近年、気候変動の影響や高齢化などにより人工林の山が荒れてきているという。山が荒廃すると、陸の問題だけかと思えば、周囲の海も砂漠化(磯焼け)が進んでしまうそうだ。海のミネラル供給源も少なくなり海も荒廃する。荒廃すると魚の住処がなくなり、魚が取れなくなってしまう。

近年スーパー台風が増えて来ている。とはいえその台風がなくなれば済むという話でもない。もし無くなってしまったら海底の巻き上げが起こらないために、海藻の生育も悪くなるという。地球ではこうした生態系が微妙なバランスで密接に繋がっている。人間社会においても人口が増加するに従い、化石燃料の過剰な使用や自然を無視した開発が横行し、ついには人類のほとんどを巻き込む新型コロナウィルスが広がり、人をやっつけ始めるという禍が起こってしまった。

砂漠の薬草

砂漠の薬草

内モンゴルでは、コロナを防ぐ薬草の栽培を開始したが、自然からの脅威に対しては、自然を活かしての解決策が必ずある。交流が遮断されたことにより、経済的に人と交流ができず、リモートワークなどの社会へとシフトしてしたことにより逆に自然の回復は進んだといわれるが、これからの私たちの生き方について、SDGsの取り組みが世界中で始まった今、改めてこれからの人類の生き方についても整理して考える時期であると思う。

人材育成担当の日置です。

かつて研修生がすべて東京発着であったころと比べ、普段、直接研修生と関わることのない東京の事務所ですが、コロナの影響で昨年末から何名かが成田から帰国しています。

令和2年度帰国予定のフィジーの研修生はコロナで帰国できなくなりました。
島国であるフィジーでは特に防疫措置が厳しいようです。
そのような中、オリンピックに参加したフィジーチームが帰国する便に、搭乗できるかもしれないとの情報で8月初旬に、急遽事態が動き出しました。四国研修センターのフィジー研修生メレさんのいとこが7人制ラグビーのメンバーだったのです。(ゴールドメダリストです トライも上げています)
再入国許可などの手続きが間に合わず、その便には搭乗することはできませんでしたが、フィジーの旅行社から帰国便の提案があり、来日中に親族が亡くなり元気をなくすこともあったメレさんについて、通常に比べて航空賃も高いようでしたが、受入れの四国研修センターでは提案に従い帰国手配を進めることになりました。

大使館経由で再入国許可を取得するとともに、2週間の隔離検疫経費がかかることがわかり、フィジー政府と協約を結んでいるオイスカとしては大使館を通じて免除のお願いを提出しました。それも含め本国政府からの回答を待ちました。予定のフライト迄時間が限られていたので、通常であれば難しいタイミングで、間に合わないかもしれないと半ばあきらめていました。もう国内線を手配しないといけないという月曜の朝に、すべてが許可になったとの連絡が入りました。貼付された文書を見ると外務省、首相府、厚生省の事務次官等の署名の入った許可を示すものでした。(私の経験からは異例の速さです)大使館のご協力のお陰でした。

メレさんは8/18高松空港から羽田空港へ移動、東京本部へ。翌8/19朝、東京本部を出発、出国の72時間以内のPCR検査陰性が義務付けられているため、
まずは空港でPCR検査を受け、チェックインまでひたすら待ちました。成田を飛び立ったのは21時、東京本部を出てから12時間以上が経っていました。S__2727940
更に香港経由では約23時間の乗り継ぎ、フィジーに降り立ったのは8/21のこと。そして2週間の隔離です。
無事隔離のホテルに入ったと連絡があり、すてきな部屋の写真が届きました。外のビーチが写っていましたが、外には出られないとのこと。最初の食事にはキャッサバがありました。今の時代はスマホがあるのでネットに接続できれば、隔離中でも日本と離れていてもつながっていられます。とても身近に感じられます。

途中の検査結果も陰性、そして、9/4の午後「ついに家族のもとへ帰りつきました」と連絡がありました。
その後のFacebookには家族の大歓迎の様子や、生後6か月の姪と写る写真など久しぶりの大家族との交流がまだまだ続いています。240457684_384920126330093_4361279841364748814_n
今回は、空港への車の中や、空港での長い待ち時間にメレさんと話をする時間があり、これまで関わったフィジーにまつわる様々なことを思い出した時間でした。
本部事務所で「アクションプラン=帰国後の活動計画」を発表して長ネギ栽培の計画を説明してくれました。そんな彼女は近い将来オイスカのスタッフになりたいと話していました。とても楽しみなことです。

ベルマーク・書き損じはがき受付の業務を担当しています、啓発普及部・野木です。

皆さまに重要なお知らせです。

オイスカで回収しているベルマークですが、

下記2社のベルマークは9月末送付分以降無効となってしまいます。
 ・ベルマーク番号16 岩塚製菓
 ・ベルマーク番号23 ファミリーマート

ご家庭や職場などに該当のベルマークがある皆さま、無効になってしまう前にぜひオイスカにお送りください。
ご協力、どうぞよろしくお願いします。DSC_0757