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国際協力ボランティアの中山です。

アブラでの研修を終え、次の研修場所であるヌエバビスカヤにきています。車で約8時間かけて、初めの目的地サンホセへ到着。そこから一人でバスに乗り、Aritaoという場所へ。約2時間で目的地へ到着し、ヌエバビスカヤの山の植林活動リーダーLopezさんと合流することができました。

ヌエバビスカヤでは、2つのプロジェクトを見ることができました。Lopezさんが担当する山の植林活動とJoseさんが担当する「子供の森」計画(CFP)です。

DSC_7756まずはLopezさんが担当するプロジェクト「山の植林活動」を見に行きました。3日間の滞在の間、とくにかく山に登り続けました。一回山に入るとだいたい2時間くらい山の中を歩き、植林した箇所を見て回りました。運動不足と険しい山道に体力を消耗されましたが、広範囲に広がる森を実際に歩いて植林活動の大変さと木が育つまでの過程を見ることができました。

 

 

プロジェクトが始まったのが1993年。今年で24年目になります。初めは30ヘクタールを北九州グループと一緒に植林し、以降毎年植林活動をしています。現在は、コスモ石油(2年目)、電力総連が支援をし、植林活動に参加しています。植林するときは、約25本の木を背負って約1時間かけて山に登り植林する場所へ行きます。植林する木が大きいため、25本以上を持って行くことができないため、午前、午後の1日に2回山に登り、計50本の植林を行います。実際に植林した場所に登りましたが、何も持っていない状態でも急な山道、舗装されいない道を歩くのはかなりの体力と足腰の力がいることでした。
植林している木は、さまざまで主にジェミリーナ(現在はしていない)、マホガニ、ナラ、アカシア、ユーカリ、サガです。他にもCFPのためにアテス(Ates)、果物ではグヤバノ、アボカド、ジャックフルーツなどを植林しています。植林した木を管理するために従業員を10人から15人雇っています。朝6時半から午後3時半まで山の中で、肥料をやったり、草刈りをしたり、苗木作りを行っています。しかし、広大な森のためメンテナンスするのには従業員が少ないのが問題だと話していました。問題点として、植林活動は植林するだけが目的ではなく、その後の管理活動も含めて植林活動(森づくり)であるが、なかなかそこまでを行う支援、活動がないのが難しいと話していました。

Lopezさんの言葉の中で印象に残っているのが「Get start small, get big result」その言葉の通り、初めは小さい範囲でしか行われていなかった山の植林が今では見渡す限りの山々が森となっていました。

今年8月に植林活動した人のプレート

今年8月に植林活動した人のプレート

一つ一つの木に追肥しているところ

一つ一つの木に追肥しているところ

 

 

 

 

 

 

そして、Aritaoから約2時間ほど離れた場所、Bagabagへ。ここでは、CFPのリーダーJoseさんと学校訪問、OB/OGの活動を主に見てきました。ヌエバビスカヤでは、CFPが1993年からスタートし、計98校が活動してきました。今年は、2つの州で15校が参加しました(10校がヌエバビスカヤ)。その中で6校(1校は高校)を訪問しました。

今回植林した木

今回植林した木

1校目は、ヌエバビスカヤで初めてCFPを行ったVISTA HILLS小学校です。一回の活動で約50本を植えます。これ以上増えるとその後の管理・維持が大変で、森づくりができないためだと言っていました。今年6月に電力総連と一緒に植林活動し、木がすくすくと育っているのを見ることができました。大きくなりすぎた木などは、切って学校で使用しているようです。過去には机と椅子を作ったそうです。電力総連などの支援者が訪問する際に、子供たちのためにと、文房具類を寄付していただくこともあり、教育現場に役に立っていると話していました。

学校の先生が、山から水が出ているのを説明しているところ

学校の先生が山から水が出ているのを説明

2校目は、長年CFP活動に参加していたMAGAPUY小学校を訪問しました。現在は木を植えるスペースがなくなったため植林活動はしていないとのことでした。CFPを行った土地は2ヘクタールになります。山には草しかなっかったのが、現在は森となり、自然に木も育ち、動物も戻ってきたと嬉しそうに話してくれました。また木が大きく育ったおかげで、山水が出るようになり、無料できれいな水を使用できることに喜んでいました。問題は、木の管理のためにお金がいること。また山水がいたる所から出ており教室などの建物にも影響がでるためそれを防ぐためのお金も必要だと話していました。

森づくりから公園へ

森づくりから公園へ

3校目は、CAREB小学校です。2009年と2011年にCFP活動をしました。木が大きく育ち、その木の下で勉強をしたり、友達と話したりと活用されていました。教室は暑いので、その木の下で勉強をしたり、友達と話したりと活用されていました。訪問時は、公園のコンテストが行われるためその準備で椅子や机などを塗装してよりよい公園にするために働いているところでした。

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配列がきれいになってます

4校目は、MURONG小学校です。1回目は2004年。それから3年後2007年に「30日間植林ボランティア」のメンバーによってCFP活動が行われました。2007年に植林した木は立派に育っていました。ここの木の特徴は写真でもわかるように木が一直線にきれいに並んでいることです。今までたくさんの木を見てきましたが、バラバラに植えていたのでこのようにきれいに配列された植林は初めてでした。

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大きくはないですが、森になってます

最後はM.V.DUQUE小学校です。他の学校と違い土の問題もあり、なかなか植林がうまくいかなったそうです。他の学校と比べると木も小さいのが特徴でした。しかし、木が小さいながらしっかりと森となっており、自然に木も育っていました。また、収入のことも考えて現在は、果物を新たに植える計画をしているそうです。

そして、小学校ではないのですがMURONG NATIONAL高校にも訪問しました。ここもオイスカの支援で植林活動を行っていました。また、植林以外にもミミズ堆肥をオイスカの支援で行っていました。高校生と一緒に植林活動も行い、また大きく育ち森になるように願っています。

ミミズ堆肥づくり

ミミズ堆肥づくり

また、オイスカのOB/OGの活動にも触れることができました。日本で技能実習としてしいたけ農家で研修したMaribelさんです。現在は、農業大学で学生にシイタケ栽培の指導、シイタケの商品化などを行っています。2010年からプロジェクトをスタートし、見事にヌエバビスカヤシイタケを作ることができました。残念ながら、実際にお会いすることができませんでしたが、シイタケを栽培している場所、ラボを見ることができました。

二人目には中部日本研修センターの農業実習生のOB Reginoさんです。18年前に日本での研修後、学校の先生になりました。現在は高校の校長先生になり、働いています。日本で学んだことを直接仕事とは結び付ける職種ではありませんが、高校生に日本語を教えていました。また、CFPなどの活動時に日本人のホームステイ先として積極的に受け入れ、オイスカの活動にも協力してくれています。

シイタケの菌糸づくりの過程

シイタケの菌糸づくりの過程

ヌエバビスカヤシイタケ商品一覧

ヌエバビスカヤシイタケ商品一覧

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヌエバビスカヤでは動き回った1週間となりました。あっという間に1週間が終わった。そんな印象です。オイスカの活動、OB.OGの活動も見ることができ充実していました。植林活動には月日がかかること、そして植林だけが本当の活動ではないこと。植林後の活動の大切さを知り、CFP活動の規模の大きさも知ることができました。

次はヌエバエシハです。

ヌエバビスカヤは見渡すが限り田んぼの光景が多かったです

ヌエバビスカヤは見渡すが限り田んぼの光景が多かったです

山の中にはハチの巣もたくさんありました。動物なども戻ってきている証拠です

山の中にはハチの巣もたくさんありました。動物なども戻ってきている証拠です

国際協力ボランティアの芦田です。

   ミャンマーで、星を見た。

    研修でミャンマーに行く前から、「ミャンマーでは、星がきれいに見えるかな」と考えていた。私は、桜の花と星空は、いくら見ていても飽きない。何時間でも見ていられるのである。
 
    『徒然草』第137段に、「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。」とある。意味は、「花は満開のときだけを、月は雲りがないのだけを見るものであろうか、いやそうではない。」であり、「今にも咲きそうな頃の梢、花が散ってしおれた花びらが点々とある庭などにこそ、見べき価値がたくさんある。」と書かれている。ピーク前やピーク後にある情趣も理解はでき、この章段には共感する。
    しかし、やはり満開の桜や満天の星を見ると、圧倒され、心がうばわれる。
    私は、単純なのである(笑 。
 
    今年新しく出来た、ミャンマーの第二センターである、チャウマジーセンター。そこは、周りが田んぼに囲まれていて、夜は真っ暗である。そのためか、星が…数限りない星が、私の見上げた空にあった。
    40分ぐらいだろうが。ずっと星を見ていた。気づいた時には、19時57分。私は「20時からの点呼が始まる!!」と、慌てて走って行った。鉄砲玉のように。行ったらすでに皆が並んでいて、すぐに点呼が始まった。いけない、いけない。周りが見えなくなるのは(汗 。
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ベテルギウスとリゲルという一等星から成る星座が、オリオン座。

 
    第一センターであるイェサジョのセンターでも、星を見た。私はそこで、オリオン座を見た気がした。正確には、台形を二つ合わせたような、砂時計のような星座を見たのだ。日本に帰って来て調べると、オリオン座の一部に砂時計のような形があるから、「私が見たのはオリオン座かな」と思った。しかし、オイスカの月光天文台の人に話を聞くと、「9月のミャンマーで夜に、オリオン座は見ることは出来ない。」と言っていた。…。私は、オリオン座の幻を見たのだろう(笑 。
 
    ちなみに、ミャンマーのスタッフやカンボジアの研修生から聞いた話なのだが、ミャンマーやカンボジアも日本と同じで、「月にはうさぎがいる」と考えるそうだ。ミャンマーでは、月にうさぎだけではなく、おじいさんもいると言う。
 
    今日は、心に移りゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくってみた(笑 。(『徒然草』序文からの引用)

国際協力ボランティアの中山です。
11月3日からフィリピンで研修をしました。

フィリピンのルソン島で、マニラからマブラ→ヌエバビスカヤ→ヌエバエシハ→ルクバンと4ヵ所のオイスカの活動を見ました。

4日の0時10分フィリピンのナイア(ニノイ・アキノ国際空港)に着きました。
空港についてまずフィリピンの匂いを感じました。
国内の研修センターにいた時、フィリピンから来たお客さんに感じたのと
同じ匂いがして、これがフィリピンなのかと思いました。
マニラにあるオイスカハウスで休み、4日の22時に夜行バスでアブラへ出発。
5日の7時にアブラへ到着。9時間の長距離のバス移動でした。

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アブラセンターの外観

アブラセンターには研修生11名(男子8名、女子3名)がおり、今後技能実習生として日本へ行く予定です。
センターのスケジュールは朝5時起床、5時半国旗掲揚、12時昼食、14時から午後の作業、19時夕食。夕食後は、週3回日本語の授業をしており、それ以外の日でも自主的に日本語の勉強をしていました。
センターの研修内容は、男性研修生は基本農業実習と家畜の世話。女性実習生は、農業と料理。ご飯の時は、リーダーの掛け声で「いただきます」「ごちそうさま」の日本スタイル。ご飯は3食しっかりと食べ、おかず二品、スープ、白いご飯が食卓に並んでいました。”しっかり働いて、おいしいご飯をたくさん食べる”アブラセンター所長であるDelfinさんの考えに基づいた食事内容でした。

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センターの朝ごはん

アブラセンターでは、野菜の栽培のほか、果物(マンゴー、バナナ、パパイヤなど)の栽培をしており、特にドライマンゴーは商品化もしており、センターの収入源にもなっています。家畜は、豚6頭、牛6頭、ヤギ8頭、鶏300羽を飼育しています。

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播種をしている様子

農業では、播種の方法が独特で面白かったです。畝の間を立ったまま歩きながら播種をするという方法でした。株間は自分の歩幅で二歩。二歩目に種を播き、足でそのまま土を覆う。研修生によると「野菜は簡単に育つから」とのことでした。この農業の違いには驚きました。

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CFP学校訪問で子供たちと一緒に

「子供の森」計画(CFP)が盛んに行われており、現在は4つの州を含めて120校が参加登録をしています。今回は5校の学校を訪問することができました。オイスカが植林した木が広範囲に広がり、育ちすぎた木(間伐材となるもの)は建物を作るときに使っています。オイスカの名前は学校のみならず、地域でもよく知られていました。

 

 

アブラセンター最終日には、2時間ほど離れたイロコス州のカブガオという場所へ。
ここはマングローブの植林を行っている場所です。子供たちと一緒にマングローブの植林を
何度も行っており、一面にマングローブが広がる景色を見ることができます。
このマングローブのおかげで、水はきれいに保たれています。
また、マングローブの苗と何グローブの下で育ったカニなどを売ることで、
このプロジェクトを支えている人たちの収入にもつながっています。
実際に現地の子どもたちとマングローブの植林をしました。
子供たちは植林するのも慣れており、次々に植林をしていました。
簡単に植林することができるので用意した50本の苗はあっという間に終わってしまいました。

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アブラセンターは6日間でしたが、現地で実際に研修生が活動している内容を見ることができました。
近くのマーケットに行くと、会う人会う人がオイスカのOBで、
オイスカの活動が地域全体で行われていることを知ることができました。

さて次は、ヌエバビスカヤです。

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アブラセンターの研修生

ミンガラーバー! 
大学生ボランティアの長谷川南です。

ミャンマーでは11月にお米の収穫期を迎え
エサジョ郡にあるパカンジーセンター(最初の研修センター)ではすでに収穫と同時に種もみの販売を終えました。

オイスカのセンターで栽培した稲は『パカンシュエワー』という、オイスカが改良した品種です。
米の質、有機農業であることが高く評価されている証拠に
種もみを買い求めに来る方は、村の人に限らず、遠い場所からトラックでやってきます。それも、オイスカの20年間積み重ねで得た信頼の賜だなと、感動しました。

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写真のめがねの男性は、近隣の村から一人で買いに来てくださいました!
帰りは、バイクの前と後ろに一袋ずつ
「またくるよ~」と颯爽と帰っていきました。


一方、今年開設されたチャウマジセンターでは
11月中旬からノンストップで稲刈りが行われ
11月末現在は、全体の半分の収穫が終わりました。

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(写真 上から10月中旬、11月中旬、現在11月末)


さて、そんなチャウマジセンターでも
種もみの販売を開始しました。
今朝は日曜日でしたが、出荷のために総動員で種もみ運びをしました。

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一袋30㎏でとっても重い!
でも、頑張るのは男の子だけではありませんよ~!

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女の子も率先して運んでいましたよ!

いきいきと運ぶみんなの顔には笑顔が絶えませんでした。
それもそのはず、、、
なんていったって、自分たちが一から育てたお米ですから、
自然と笑顔が溢れてくるのでしょう。

今日の販売数は232袋とすさまじい量でした。
みんなお疲れ様!明日もまたがんばりましょう!

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    国際協力ボランティアの芦田です。
 
 最近寒くなってきている。
    日本に来ている研修生達は、暖かい国の人達が多い。例えば、西日本研修センターに来ている研修生達の国を挙げてみると、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ミャンマー、カンボジア、ベトナム、フィジー、パプアニューギニア、である。日本より寒い国から来ている研修生と言ったら、モンゴルの研修生くらいだろう。
 
    私がミャンマーで研修をした時に、かつて日本で研修を受けたことがあるスタッフ達に、「日本の冬は寒かったか」と聞いた。すると、「日本の冬は寒くて、冬の時は、早く自分の国に帰りたいと思った(笑」と言った人もいれば、「日本の気候が好き。寒いのが好きで、雪も好き。だから大丈夫だった」と言った人もいた。
 
    今、西日本研修センターで、国際ボランティア研修生として研修を受けている、ベトナムの「タンさん」。彼女も、暖かい国から来たが、「寒い方が好きだ」と言っていた。周りの人達が長袖を着ている中、タンさんだけが半袖を着ていたという。
 
    暖かい国から来たからといって、必ずしも寒いのが苦手というわけではないらしい。
 
    私の出身は、北海道である。北海道出身だと言うと、「じゃあ、寒いの大丈夫だね」と言われることが多いが、そうでもない。今、東京の事務所でこのブログを書いている私は、ダウンジャケットを着て、首をマフラーとネックウォーマーでぐるぐる巻きにしている。ちなみに、今着けているネックウォーマーは、私が西日本研修センターでの研修を終えた時に、同じ部屋だったフィリピン人の女の子がくれたものだ。「北海道は、寒いから」と言って、ネックウォーマーを渡された。その時、タンさんからも、「北海道は、寒いですから」と言って長めの靴下を渡された。
 
    思い出すと、何だか、心が温かくなってきた。
 
    「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ(俵 万智『サラダ記念日』)
 
ではないけれど(笑 。