インタビュー

「息子ががんばってんだから、
オヤジもがんばらなきゃいけねー 」

櫻井 重夫氏
専業農家としてチンゲン菜、小松菜を育てている。
櫻井氏の息子はANAグループに所属。「ANAすか隊」(※)の隊長として海岸林再生プロジェクトに協力している。
息子の活躍とその想いに奮起して第二育苗場の班長になる。

 

— どうして海岸にクロマツを植えようと思ったのですか? プロジェクトを始める時のお気持ちは?

小さい頃、家のすぐ近くが保安林だった。それが今回の津波で無くなった時、どういった目的で植えられているか考えるようになった。それと同時に今まで何十年もあったものが無くなったというのは子供、家族を失った気持ちと同じである。海岸林が潮風を防ぎ、農作物を守る役割からクロマツを植えようと思った。

— 震災時の状況とその時のお気持ちは?

津波があったときは必要な荷物をまとめ、すぐに仙台空港に逃げた。当時、津波はいろんなものを巻き込んで黒い物体が動いていた。ただ呆然とするだけだった。避難所での生活は悲惨だった。

— 子どもの頃、マツとどう接してきたか?マツの歴史は?

松林からキノコ採りをして食べたり、売ったりした。ストーブの焚付のための松葉拾いを行うなど松の葉や枝は燃料として貴重な存在だった。

— 育苗作業の大変さと作業への思いは?

生まれて初めての作業だが、野菜の苗作りと同じような感じで苦労は感じない。
草を抑えるため、種播きの時、保温のために籾殻をかぶせたりして工夫をしている。

— 外部ボランティアに期待することは?

ボランティアは一回だけ来るのではなく、一回来た人が二回、三回と来て、一回来た人が次の新しいボランティアに教えるようなシステムになってほしい。そしてボランティア同士で学び合って欲しい。そういう関係が輪になって増えていってほしいと願う。
どのような農作物は作っているのか?震災の影響は?
チンゲン菜、小松菜が主。震災後、自分の農業収入は0になったが回復しつつある。

— 現在の収入は?

農業収入とプロジェクトからの収入。

— 海岸林再生プロジェクトを成功させるためのカギは?

農家なら海岸林が必要だとわかるはずだが、それが広まっていないことが問題だ。特に海岸林に近い農家、内陸の農家で、海岸林の必要性の意識の差がある。プロジェクトをみんなに知ってもらう広報活動が必要だと感じる。特に地元の人に知ってもらい、地元が盛り上がらなければならない。

— 若い世代への期待は?

農家の後継者がいない問題と同じように、若い世代への呼びかけは悩みの種。地元からもっと再生の会を支援して欲しい。

— なぜ、第二育苗場の班長になったのですか?

「オヤジががんばるなら」と自分の息子が会社でANAすか隊として海岸林再生プロジェクトのためのボランティアを募っていて、息子が本気で震災復興に携わっているのに父親である自分が本気にならないといけないと思ったから。

 
※ANAすか隊
海岸林再生プロジェクトサポーター隊を約70名の隊員で結成し、ANA+オイスカをもじった「ANAすか隊」として支援活動に参加(参照:雑誌「ソトコト」記事) 

 
インタビュー日:2013年6月27日
聞き手:公益財団法人オイスカ 国際協力ボランティア 木村肇

 

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